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中米の旅3.コパン遺跡(アクロポリス)

10/8 コパン・ルイナス→コパン遺跡

朝のコパン・ルイナスを散歩する。ホテルの斜向かいに町の中心だという広場があった。トゥクトゥクに良く似た3輪タクシーが元気よく走っている。市場がみたかったけど見つけられず、ホテルを通り越して急な坂道を上り、コンパクトな町を見渡してからホテルに戻って、朝食を食べに食堂へ向かった。前日の夕食の時にガイドさんから、もしかしたら全く英語も通じなくて対応も遅いかもしれないと聞いていたけれど、他に客が誰もいないせいか直ぐに対応してくれて、お互い片言ながら英語もしゃべりつつ、メニューの内容を丁寧に教えてくれた。量の少なそうなアメリカン・ブレックファストにしたらパンがぱさぱさで、やはり主食は地元のものにするべきだったなと思ったけれど、食後のコーヒーがとても美味しかった。
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コパン遺跡に向かうべく車に乗り込んだので、そこそこ走るのかと思ったら10分もしないで到着。歩きでも良さそうなほど近くだった。待機場所なのか、入り口の事務所付近にローカルガイドさん達が暇そうにしている。私たちが車から降りると、その中から一人がひょいと立ち上がった。ガイドさんと顔見知りのようだ。背が高く、欧米人のような顔立ちをしている。コンゴウインコの羽を先端に付けた棒を持って、入り口のJICAやUNESCOの石碑の内容から解説を始め、コパン遺跡全体の模型を示しながら、遺跡全体の概要と、今から辿る見学ルートを説明してくれた。
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遺跡までは森の中を進む。森に入ると早速、周囲にある木々の説明が始まった。木の種類、そこに成る実。原産国と、そこからどういう経路でホンジュラスに伝わったか、どうやって利用されているか。この国にとって、この場所にとってこの種類の木はどういう意味があるか。遺跡だけではなく、自然や歴史も含めた幅広いガイドをしてくれる。ガイドさんによれば、ローカルガイドになるのは大変なのだそうだ。だろうなぁ。これだけの知識をユーモアを持って伝えてくれる。一方的にではなく、たまに質問も交えて会話をしながら興味を引き出してくれる。ついつい引き込まれてこちらも質問したくなる。それにしても、幹から直接生えているカカオの実が何度見ても不思議である。
この森に棲む野生のコンゴウインコが数羽、止まり木に集まっていた。緑色の世界に真っ赤で大きな体はただでさえ目立つけど、あの騒々しい鳴き声の主張の激しさよ。ご近所にはいて欲しくないなぁ。こんもりとした起伏のある森の中へ入っていく。ローカルガイドさんに言われてよく見ると、コケに覆われた石がごろごろと転がっていた。ここには恐らくお墓が埋まっていて、すぐ横にはずっと奧から続いている水路が通っているのだと、ぱっと見には分からない緑の地面を示してくれる。綺麗に発掘された遺跡は一部で、それ以外は埋まったまま、今立っているこの地面の下にあると言われて、慌てて足下を見つめる。雑草の生えた地面しか見えないけど。見渡せば一面土に覆われていて、木々が茂り、歩く場所は落ち葉を掃いている人もいて綺麗に調えられた公園のようだが、当時は木々もなく開けた場所だったそうだ。コケや、根の良く発達した木々に抱きかかえられるように覆われた、こんもりとした丘のような塊には大抵、遺跡が埋まっているという。
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マヤ文明で使われていた文字はひと文字ごとに絵のようで、これで長い文章とか書いてたら大変だなぁと思ったが結構いろいろなところに彫られていた。それだけここが重要な場所だったと言うことでもあるのだろう。そういえば博物館でも全面にマヤ文字を彫った石碑が展示されていた。数字はもっと簡単でローカルガイドさんが地面に書いて見せてくれる。点1つで1、2つで2、3と4も点が増えるだけ。では5はどうするでしょう?と突然クイズ形式になる。これは点ではないのだな??と思い、棒を一本引いたら偶然にも正解だった。あとは1から4つの点と5を表す線の組み合わせで19までが表される。ではゼロは?と訊かれて素直に「0」を書いたが違った。地面に正解を書いてくれたが不思議な形である。では20は?どうやって書くでしょう、とクイズは続く。線を4本引っ張ったら「ちがーう」と嬉しそうに言われた。なんだとう、5が4本で20じゃないのか、と怪訝な顔をしていたであろう私を前に、先ほどのゼロの絵の上にひとつ点を書いた。マヤでは20進法が使われていたらしい。ひと月も20日間。ちなみに1年は18ヶ月の360日+5日で365日。+5日の過ごし方がちょっと気になる。ほぉーと正解を眺める私にローカルガイドさんがグアテマラの紙幣は持っているかと聞く。まだドルしか持っていなかったのでガイドさんがケツァールを取り出して見せてくれた。紙幣の額面がマヤ数字で書かれているのだ。国鳥であり通貨単位でもあるケツァールとマヤ遺跡やマヤ文字が描かれた素敵なデザインである。グアテマラの全ての紙幣にはケツァールが描かれているんですよ、とガイドさんが教えてくれる。グアテマラの人はどんだけケツァール好きなんだ、と思う。遺跡の絵が素敵、と話していたらローカルガイドさんがホンジュラスの紙幣にもコパン遺跡が描かれていると教えてくれた。「でもコパン遺跡が描かれているのは紙幣の中でも一番少額の1レンピラ紙幣だけで、僕はお金持ちだから大きい額の紙幣しかないんだ、持ってない?」うひひと笑いながら言うのでガイドさんがお財布から探し出して見せてくれた。通貨単位のレンピラはホンジュラスの英雄の名前だそうで、1レンピラ紙幣には英雄の肖像画も描かれていた。こちらも素敵なデザイン。
数字とお札の話で盛り上がり、発掘された遺跡をまだ1つも見ていないのに既に1時間が経過していた。ここまで濃い解説付きの遺跡見学は初めてだ。

アクロポリスの西広場に面して閲兵台とか天文台とか呼ばれる建造物と石段があり、狛犬のような像が両脇に2つ。中央にイーク神の像が1つ。お顔が怖い。その左手にはピラミッド神殿16がある。マヤでは古い建造物の上に新しい建造物を造ったそうで、先代の王のピラミッドを埋めてその上に新しいピラミッドを作るという。なので地層のようにピラミッドが積み上がっていくが、完全に埋め立てるわけではないようで先代の壁が新しい壁で覆われていたりする。若干、パイロンを重ねたみたいになっているのかな。器用だな。今見えているピラミッドの下が少し掘られていて、地面に埋まっている地下神殿が少し見えるようになっていた。
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ピラミッドの前には祭壇Qがある。4つの側面にはそれぞれ4人ずつ、合計16人の王が彫られている。コパン最後の王である16代目の王が作ったというこの祭壇、初代から順番に16代目まで並んでいるので、初代の王と16代目の王は1周まわって隣り合わせである。初代の王が16代目の王に王笏を手渡している構図になっていることから、16代目で滅びることを予言していたのではないか、なんてことも言われているらしい。謎だらけ。それぞれの王の彫刻の下にはマヤ文字で名前が彫られている。13代の王は通称18ウサギ王。はい、さっきの復習、とばかりにマヤ数字の部分を指し示して「いくつでしょう」と質問が飛んでくる。「18!」正解だったようでローカルガイドさんは満足げだ。この18ウサギ王が治めていた時代はコパンの絶頂期で、芸術に対する意識も高く、コパン遺跡の特徴である繊細で彫りの深い浮き彫りの施された石碑の数々も、この時代に造られたものが多いそうだ。
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西広場を抜けて、アクロポリスの南側にある王族の居住区跡を上から眺める。ちょっとラピュタっぽさを感じてウキウキする。神殿16を回り込むように東広場へ向かう途中には神殿18。コパン最後の王、16代王が戦士の姿で壁面に彫られている。さらに石段の上を日射しの照り返しに目を細めながら進むと東広場がある。長方形に切り取られた空間を石段が囲む。北側には18ウサギ王の住居である神殿がある。入り口には立体的な彫刻で縁取られていて、一歩中へ進むと、すぐに中が見えないような配慮からか、目隠しのこれまた彫刻のすごい壁があり、まるで舞台袖のようである。ひと際高く石段が積まれた王の場所から見事な彫刻を背に広場を見下ろす。大勢を相手に権力を見せつけ治めるにはそんな演出も必要なのかもしれない。高い場所から東広場へ降りる。広場を囲む階段には太陽神の像や、夜の象徴だというジャガーの像が残っている。ジャガーには、見えないんだけど。
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神殿16の壁の中へと向かう扉をくぐり、西広場でチラ見した地下に埋まるロサリラと呼ばれる地下神殿を見学したあと、続いて別の地下トンネルへ向かう。芝生の生えた広場の地面に地下への入り口が開けられていた。「はい、入って-、どうぞ入ってー」と私たちを先に行かせた後、おもむろに入り口の扉を閉めようとするので、いやいやいやいやいや、と止めると嬉しそうに扉を元に戻す。極めて真面目にきっちりとガイドする割に、しれっと定番ネタを入れ込んでくるので油断できん。通路は細く入り組んでいて、裸電球で照らされた中を進むローカルガイドさんの後ろ姿はインディ・ジョーンズのようだ。マヤアーチと呼ばれる逆V字型のアーチが至る所に見ることが出来る。要所要所に、先代の建物の彫刻が掘り出された場所が見学できるようになっていた。建造物の上に積み重ねて建てていることが良くわかる。入り口とは異なる出口から明るい外へ脱出すると、コパン川沿いの道へ出た。壁に残る水害の跡の説明を聞いたりしながら、グランプラザへ向かった。
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by mmiya2008 | 2015-03-15 22:12 | Guatemala