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チベットで年越し 9

9日目(1/2)
ラサ→成都、チベット人街、武候祠
成都泊

10日目(1/3)
成都→東京


朝食を食べにホテルのレストランへ下りていく。一番乗りである。ホテルスタッフに挨拶しながらお皿を貰いに行くと、スタッフの隙間から「おはようございます。」と言う声が聞こえた。ガイドさんだ。「あれ?早いね-。」「昨日はここに泊まりました。」「うそ?!」「うそ。」むむ!
大きい器しか出ていなかったのでホテルスタッフに、小さいボールはありますか?と尋ねるとパッと出して渡してくれた。コーヒーとミルクはセットで注ぎにきてくれるけど、紅茶はストレートが基本のようだ。お願いして紅茶にミルクを入れてもらう。お代わりをお願いすると、ミルクもいるのよね?とちゃんと持ってきてくれる。なんか嬉しい。

ロビーに集合すると、ホテルスタッフが見送りのカタを掛けて見送ってくれた。外に出ると、バスが一回り大きく新しくなっている。暖房も付いているようだ。よかった。高速道路は所要時間が短縮されて便利だが、帰りたくない身にとっては嬉しくない。あっという間に到着した空港では、搭乗ロビー手前の手荷物検査のぎりぎりの所まで、ガイドさんが見送ってくれた。列に並び、一人ひとりガイドさんに挨拶しながら検査を通っていく。そしてとうとう、自分の番が来てしまった。ああ、このまま車に戻りたい。ガイドさんが言う。「どうしよう。」どうしよう、ほんと。帰るってどこに?再びである。「もう少しいれば?15日くらいまでとか。」「それいいねぇ。でも中国で捕まるのは嫌だな・・・。」「チベット大学に留学するとか。」「留学かー。いっそ職があれば移住しちゃうんだけど。ガイドのアシスタントとかいらない?」アホな妄想をしたところで、チベット語も中国語も話せない私には無理な話である。また、旅行で来るしかない。後ろ髪を引かれまくりながら、でも今回は一緒に帰る人たちがいるおかげで迷子の子供にならずに帰路を辿ることができた。

成都では若い青年ガイドが待っていた。私の時とは違うけれど、他の皆さんに往路で付いたガイドと同じらしい。中国語の発声そのままの、聞いていて若干疲れる日本語を話す。学生ガイドなのか、とても若い。まだまだ慣れていないのか、ラサのガイドさんのように先回りしてこちらの要望をくみ取るなどという芸当は無理なようなので、どんどん伝える事にする。しかし、我々のリクエストを代表して、日頃から同世代の学生を相手にしている方に噛んで含めるように指示されても飄々とし、車を回せばいいものを片道五車線くらいありそうな広い広い夜の道路をスピード感溢れる車を縫って渡らせて「日本のサラリーマンならクビだぞぅ」と言われても聞いちゃおらず、他にも皆に色々と突っ込みを入れられながらも一向にめげる気配もない。大物になりそうだ。

行き帰りの経由地には何の興味もなかったのでノープランだったが、成都到着は昼で、時間がある。ツアーの皆さんが観光へ行かれるというので、便乗させていただいた。初めての中国観光である。ツアー同行者というのはありがたいものだ。タクシーに分乗して武候祠の前で下り、二手に分かれて、ほど近いチベット人街の方へ向かった。

活気溢れる漢人の街を少し進んでいくと、臙脂の袈裟を着た僧侶の姿がちらほら見え始め、お寺の上に置かれる装飾品(思いの外軽い)や仏像(煌びやかさと大きさが増している)を売る店が増えてくる。メイン通りから離れたせいもあるだろうが、道を行く人が少なくなった。ご一緒した一人が、なんだか雰囲気がよろしくない、と感じ取っていたが、確かにどことなく、雰囲気が変わった。日本の大久保の韓国人街とか、ニューヨークの中華街とか、マレーシアのインド人街とか、そんな雰囲気と似ている。ラサを満たす、あの何とも言葉に表すのが難しい幸せな感じというか、やたら落ち着く感じというか、優しい感じというか、そういうものは感じられなかった。

元の場所へ戻り、三国志の聖地だという武候祠の中へ入る。残念ながら三国志に疎いので盛り上がる事もなかったが、非常に広く綺麗に整えられた場所である。興味があったら非常に見応えがある場所だろう。武候祠を取り囲むように、古い街並みを再現した錦里という場所がある。趣のある街並みに、いろいろなお店が並んでいて、多くの観光客が訪れていた。建ち並ぶお店の1つにスターバックスがあった。漢字で書かれた「スターバックス」を写真に撮っていたら、チベット僧がスターバックスから出てくるのを目撃。何を飲んだんだろう。気になります。

帰りもタクシーに分乗してホテルへ戻った。現地の言葉が話せるのは強いものだ。すっかり、同行した方々にお世話になってしまった。





帰りがけの成都空港でお土産を買ってみた。ビニール袋をぶら下げていると非常に観光客らしくて、なんだか楽しい。
そしてまた、炸裂する中国らしさを柳のようにやり過ごしながら、日本へ戻った。





# by mmiya2008 | 2012-02-03 20:00 | | Trackback | Comments(4)

チベットで年越し 8

8日目(1/1)
ラサの初日の出、ネチュン寺、タプチェ・ラモ、民家訪問、茶館
ラサ泊


朝食を済ませ、一度部屋に戻り、日の出を待つ。ふと外を見ると、朝焼けが綺麗だった。慌てて写真を撮り、少し早めに屋上へ上がった。さ、寒い。震えながらも徐々に明るくなってくる空と、ポタラ宮を眺め、写真を撮る。凍えながらも暫くそんなことをしていると、他の皆さんも続々と屋上へ上がってきた。白く浮かび上がってくるポタラ宮を見つめ、初日の出をラサで拝む。なんて贅沢なんだろう。その横には虹が出ていて、鳥や獅子の形の雲まで流れている。虹を見つけ、鳥や獅子を空に見つけた方のカメラのバッテリーは、この初日の出のタイミングで切れたようだ。絶妙すぎるタイミングに少し笑ってしまった(すみません)。



バスでネチュン寺へ向かう。沢山の巡礼者の隙間でガイドさんの解説を聞いていたら、数日前に会ったばかりのガイドさんの旦那さんとお友達が現れた。参拝に来たようだ。あっどーもどーもと、何となくお互い照れ笑いをしながらすれ違う。屋上へ上がり、デプン寺を見上げる。今回も、行かずじまいである。バスに乗り込みネチュン寺を離れる頃にも、続々とチベタンが寺へ向かっていく。この日はチベット歴の新年ではないけれど、休日だった。新年か、そんな感じが全然しないなぁ、とバスに揺られながら思う。







続いてタプチェ・ラモ寺へ移動。門前には香炉で焚くサンや、御供え用の白酒、バターなどを売る露天が並ぶ。門の横手には焚き火のようにサンが焚かれていた。私たちも一人ずつサンを投げ込み、ツァンパを振り入れ、最後にガイドさんが白酒を振りかけた。門をくぐると長蛇の列である。タプチェ・ラモは財神として拝まれている女神だが、それは近年の事で、昔は特に現世利益の神様であるというわけではなかったそうだ。ただ、霊力が非常に強い女神として崇拝され、慕われている事に変わりはない。入り口でカタを買い、そのカタをお供えしつつ手を合わせる。このタプチェ・ラモ、毒殺されかかり、毒を吐き出した際に舌が固まったその時のお顔が表されているため、『女神』という単語から喚起されるイメージとはかけ離れたご様子である。他の参拝客にもまれながらお顔を見上げる。怖い・・・。とても印象的である。足は鳥の足だそうだが、隠れていて見る事はできなかった。





昼食はラサ近郊の民家にお邪魔してご馳走になる。このお家は今回も林芝からお世話になったドライバーさんのお家である。2年半前に来た時よりも、キッチンのある部屋が広くなり、トイレの場所が変わっていた。そして相変わらず、ここのご飯は美味しいのである。食事の後には民族衣装体験。お家のお母さんと娘さんが着せてくれる。色の組み合わせも様々だが、皆さんよく似合っている。一人の男性の方など、そのままチベット大学で講義でもしていそうな雰囲気である。衣装の山から何気なく取り上げているように見えたが、それぞれにちゃんと似合ったものを着せてくれるのだ。


一頻り記念撮影をして、お家の中を見学させてもらった後、着替えてお家の近所を散歩する。至る所に、燃料となる牛の糞を乾燥させる為に壁にべちゃっと貼り付けられていて面白い。


バスまで見送ってくれたドライバーさんに手を振り、ホテルへ戻った。夕食まで自由時間である。とりあえず全員でバルコルまで移動し、そこで解散となった。

ジョカンで写真をもう一度撮りたいという方を連れて、昨日のチケットを見せながら、ガイドさんが入り口で交渉する。最初は「だめだ、だめだ」と全く入れてくれようとしなかったのに、急に「あ、いいよ、どうぞ。」と入場を許可してくれたので不思議に思っていたら、ガイドさんが教えてくれた。「中国人だと思ってだめだと言っていたけど、私が日本語ガイドだと気が付いて、日本人ならどうぞ、と入れてくれた。チベット人は日本人が大好きだから。」らしい。中国人には内緒だ。

バルコルを離れ、ぶらぶらする。お茶でもしようか、とガイドさんと茶館へ向かった。前日の茶館とは違う場所。ここもチベタンでいっぱいである。年齢層がやや若い気がする。場所のせいか、休日だからかはわからないけれど。後から入ってきて向かいのテーブルに座った人を見て、ガイドさんが言った。「あの人、見た事がある。」どうやら、小学校時代の同級生らしい。向こうも気がついたようだ。椅子ごと移動してきて一緒にお茶を飲む。隣のテーブルでは若い男性陣がトランプをやっている。後から来て相席で座ったおじさん達がのぞき込んでいたが、そのうち一緒にやり始めた。茶館はチベタンの社交場だ、ということがよくわかる。

集合時間に間に合うように、少し早めに茶館を出てホテルへ戻る。「みなさん、迷子になっていないかな。」とガイドさんは心配していたが、集合時間には戦利品を携えてちゃんと集合した。皆さんお買い物を楽しまれたようだ。

ラサ最後の夕食は鍋である。「今日はビールも大丈夫です。」とガイドさんが言うので、ラサ・ビールを飲むことにした。高所であるから大事を取ってやめたのか、もともとアルコールは飲まれないのか、私以外には飲む方は一人しかいなかった。そういえば、初めてラサへ向かう途中の青蔵鉄道の中、海抜4000mを超える辺りで隣のチベタンとビールを飲んだな-、あれが初めて飲んだラサ・ビールだった。良く無事でいられたものだ、なんて思い出していたら「チャンを毎晩飲んでる。」とガイドさんがばらすので「チベットに来てすぐに飲み始めたわけじゃないんですよ~、順応してからですよ~」とよくわからない言い訳をしておく。
鍋のシメには雑炊をするという。お店の女の子がご飯と卵、ネギを持ってやってきた。作ってくれるようだ。皆で見守る中、ご飯を入れすぎてなぜかスープを掬い出したり、グツグツしていないところに生卵を投入したりと、日本人一同をハラハラさせたが、結果としては美味しく出来上がっていた。不思議だ。


食後ホテルへ戻る途中、ライトアップされたポタラ宮の写真を撮りにいく。地下道を通って道路を渡り、ポタラ宮の正面まで行って写真を撮り、また地下道を通って道路を渡ってバスへ戻る。食べて&ビールを飲んですぐに急ぎ足で動いたせいか息が切れる。バスに乗り込み、ふぃぃと息を吸い込んでいたらガイドさんが言った。「初めて来た場所ですね」良く覚えているものだ。今回は最後に行った場所になった。あの時よりも、周辺のネオンが確実に増えている。

# by mmiya2008 | 2012-02-02 20:00 | | Trackback | Comments(0)

チベットで年越し 7

7日目(12/31)午後
ジョカン寺、茶館、グトゥク、チャンで年越し
ラサ泊


3度目のジョカン寺は前回よりも落ち着いた雰囲気である。午前中は既に多くの巡礼者が列をなしているが、チベット歴のお正月に向けて、これから更に巡礼者が増えて熱気が増していくのだろう。「ここは3回目ですね。」説明を終えて皆さんを見守るガイドさんの横で、うん、と応えながら、金が塗られ光り輝くご本尊をしばし見つめ、4回目のために手を合わせる。






ジョカン寺を後にし、バルコル周辺の小さなお寺やお堂を巡る。こうした小さなお寺やお堂は、数え切れないほどあるそうだ。まだまだ、行く場所は沢山残っているということだ。




夕食まで時間があったので、先日連れて行ってもらったラサで一番古い茶館へ向かう。1つのテーブルを確保して皆で囲む。周りは全てチベタン、独特の雰囲気がある。グラスは小さいのですぐに飲み干してしまう。「お代わり飲む人!」の声に皆さん一斉に自分のグラスを差し出した。皆さんめちゃめちゃ良い笑顔だ。こういう場所はわくわくするのである。一緒にわくわくしている感じが伝わってくる。チベット語を話される方が、「シンポ ヨン(美味しい)」と甘茶を注いでくれるお姉さんに言ったら「アリガト!」と日本語で応えてくれた。びっくりである。




夕食は、ラサにいる風のツアー参加者が大集合してチベットのお正月料理グトゥクで新年の運試しである。会場となるシャンパラホテルは茶館からすぐ近くだ。歩いて向かうと一番乗りだった。後から他のツアーの皆さんやガイドさん、添乗員さんが続々とやってくる。総勢40名ほどだろうか。『チベットで合宿』中の皆さんはさすがに貫禄がある。
バイキング形式の食事を終え、いよいよグトゥクがツアー参加者の手に渡った。「まず、一番大きな塊(だんご)をお皿に取り出して下さい。」指示に従ってそれぞれが自分のお椀の中を探る。「中に何かが入っているものと、団子自体が何かの形をしているものがありますよ-。」との言葉通り、団子の中に白い小石や黒い炭、コイン、縒った紐、辛子、塩などが入ったものや、何も入っていない長方形の形をしているもの、棒状のもの、円盤状のものなど、人によって様々である。ひとつずつ、先生が意味を説明していく。私の団子は円盤状で中央に窪みがあり穴が空いていた。説明によると、それは『鍋』だそうで(穴空いちゃってるけど)、新しい年では「食べるものに困らない」のだそうだ。
シャンパラホテル宿泊組はまだまだ夜が長そうだ。デカンホテル組は一足お先に失礼して、バスに乗り込みホテルへ戻った。


2011年最後の夜である。「どこに行く?賑やかなところ?静かなところ?」「静かなところかなー。」ちょうどホテルの近くにあった店に入ってみる。場所が悪いのか、一人も客がいない。席に着き、チャンを頼む。そっとお札を取り出すも「外国人のお金はお金じゃない」と払わせてくれない。言いたいことはわかる。でもさ。行き場のない100元札がポケットの中でくしゃくしゃである。お店の女の子とガイドさんが話している。女の子の旦那さんもガイドだそうだ。英語ガイドだから、今は仕事がないという。この店は3人姉妹でやっているらしい。今は客がいないけど、あとからお姉さんが客を引き連れてやってくるそうだ。

チャンを飲みながら、次来る時はどこへ行こう、やっぱりカイラスかな、と相談する。でもカイラスともなると、必要な日数も費用もかなりのものだ。途中どこにも寄り道せず、高度順応の期間も最低限に抑えると最短で日本発着13日間になる。風の旅行社が出しているカイラスツアーは短いもので17日間、費用は70万円前後。一人部屋追加料金やその他空港税などを加えると80万円位かな?費用はもちろん、日数も現実的ではない。なんとか最短の13日間なら、時期は限られてくるけれど不可能ではない。でも費用がやはり厳しいなぁ・・・、と唸っている私を見てガイドさんが言った。「じゃあこれならどう?実際に掛かる金額はこれだけ。」それって、実費って事で、ガイド料が入ってないじゃん。たぶん、道々の食事代やら諸々も。そしてその食事代も私に払わせようとしないのだ。ガイドしながら赤字になってしまう。気持ちはありがたいが、そんなの、だめだ。これはなんとかして人を集めるしかない。(同行者、絶賛募集中です。)

航空券さえ押さえれば気軽に行ける国々と違って、チベットに観光客として滞在する為にはどうしてもガイドが必要になる。彼女はガイドである。優秀なガイドだ。一人で何十人ものお客さんを連れて案内することが出来る。今こうして一緒に飲んでいるのはガイドの範囲を超えている。単純に楽しいし嬉しい。それ以上うだうだ言うのは無粋かもしれない。でも、だからといってその当たり前ではない好意に甘え続けるのは、その気持ちを大切に思えば思うほどにしっくり来ない。仕事の範囲がどこまでと分けづらい職業だろうが、彼女は自分の利益を度外視して与えようとする。しまいにはガイド料さえもいらないと言い出す。とんでもない話である。プロのガイドにガイドして貰う事への正当な対価としての支払いと、友人としての付き合いをどうやりくりすれば良いんだろう。そんなことを、大切な議題として心にしまう。たまにつらつらと考えて最終的に、シンプルな結論に落ち着けるように。

話しているうちに、日本時間の新年を迎えた。あけましておめでとうございますと、ガイドさんと乾杯する。チベットのBarでガイドさんとチャンを飲みながら年越し。幸せである。旅の相談やらメールが届かないのはなんでだ?とかいろいろ試しているうちに、予告通りお店の女性が大勢のお客を引き連れて入ってきた。大いに飲み、歌い、笑っている。北チベットの人々らしい。賑やかだねぇ、と思っていると良い声で歌っていた男性と、彼らを引き連れてきた女性が私たちのテーブルにやってきた。グラスを差し出し乾杯を求めてくる。一曲、歌ってくれるという。新年を祝い、今年の幸せを祈る歌だとガイドさんが教えてくれる。そしてまた乾杯をして、自分たちのテーブルへ戻っていった。


# by mmiya2008 | 2012-01-27 20:00 | | Trackback | Comments(6)

チベットで年越し 6

7日目(12/31)午前
ポタラ宮




ポタラ宮は2回目である。1回目は夏だったので時間制限があり、入り口も正面は巡礼者のみ、観光客は横手にある入り口からの入場だったが、今回は正面から入り、時間制限も無くゆっくりと見ることができる。飛行機に乗る時のようなセキュリティーチェックは相変わらずだが。門をくぐり、見上げれば紺碧の空に映える白。綺麗だ。

長い階段をゆっくりと上っていく。巡礼者のグループが階段の途中で座って休んでいる横を通り過ぎていく。前回ポタラ宮の階段を上った時は、呼吸が苦しかった覚えがある。ポタラ宮内部など、見所満載なのに時間制限のためにゆっくり巡ることも出来ず、かなりクラクラしていた。今回は非常に楽である。白宮に入ってすぐにあるダライ・ラマの手形についても、歩きながらではなく、その場で見ながら説明してくれる。ゆっくり、ゆっくり。勢いのありすぎる他言語のガイドグループもおらず、落ち着いて見ることができる。

ポタラ宮をこうして観光できるのはありがたいが、本来は観光客がふらふら入り込める場所ではない。いるべき人が居ない場所。それでも多くの巡礼者が訪れ、祈る。ポタラ宮を守る僧侶は、実際はもはや僧侶の立場ではないという。以前は僧侶だった人、新しく雇われた人。でも、袈裟を着てお経を唱え、ポタラ宮を守っている。どこが、何をもって僧侶ではないというのだろう。彼らを見て、彼らが僧侶ではないと誰が思うのか。彼らは、その現状を知るチベタンは、それを外国人に淡々と説明するガイドさんは、どんな気持ちで何を思っているのだろう。チベットではそれをうかうかと訊くこともできない。

















ポタラ宮のすぐ裏手には池があり、龍神が祀られている。池の手前、公園にはウイグルでもよく見た『健康器具』がたくさん並べられていた。ポタラ宮の裏にこんなもの並べやがって、なんて外国人である私は思ってしまうが、チべタンは満更でもないようだ。楽しそうに沢山の人が運動している。日本人的にはせっかくの雰囲気を台無しにするとしか思えないラサの街を彩る夜のイルミネーションも、意外にもチべタンには綺麗だと好評だったりするらしい。なんとも柔軟である。外野から見ただけではわからないものだ。
# by mmiya2008 | 2012-01-26 22:49 | | Trackback | Comments(0)

チベットで年越し 5

6日目(12/30)
空港でお出迎え(女神ツアーに合流)、ドルマ・ラカン、バルコル、アニ・ツァングン
ラサ泊


早朝まだ暗い中、ガイドさんが迎えに来た。ロビーを出ると年季の入ったバスが待っていた。そういえば、チベットでバスに乗るのは初めてだ。乗り込んで『女神ツアー』の皆さんを迎えに空港へ向かう。夏に出来たばかりだという高速道路を走る。料金は無料だし、空港まで掛かる時間が短縮されたそうだが、ラサで初めての高速道路、高速道路というものがどういうものかを皆が理解するまで大変だったそうだ(逆走やら、路肩に入り込む人がいたりとか)。混んでいることもなく、順調に走っていたが遠目にブレーキランプが光るのが見えた。何台かの車が徐行しているようだ。乗っていたバスも速度を落として近づいていくと、大きな黒い固まりが横たわっているのが見えた。一台の車がヤクと衝突したようだ。他にも何頭かのヤクが歩いている。放牧されているヤクが入ってきてしまったのだろう。
広いバスにはドライバーさんとガイドさんと私の3人だけ。暖房もなく、まだ夜が明けていないため日射しもない。極寒である。足先の感覚がなくなってきたね、とガイドさんと一緒に足踏みしてみるも、残念ながらあまり効果はない。すっかり凍えた頃、高速道路が終わり空港近くの町に着いた。ひとまずここで腹ごしらえである。前回の最後に寄った食堂で朝ご飯だ。相変わらず、ここのヤクサンドと春雨スープは美味しい。近くの商店で、お客さんを迎える際のカタも調達して準備万端である。
空港建物から少し離れた駐車場の出入り口で待機する。他にも沢山のガイドやドライバーが待機していた。ようやく日射しが出てきて暖かい。


待ちくたびれて、道の窪みに石を投げ込むなどという遊びをし始めた頃、ようやくお客さんが出てきた。ガイドさん達が一斉に仕事モードに切り替わる。どこら辺にいれば良いのかよくわからずにウロウロしていると、見たことのあるお顔を見つけた。ガイドさんが来日した時にお会いした方である。初日から何時間も巡礼路を歩くハードなツアーだそうだ。「今回は、合宿です。」チベットで合宿って。ディープだ。ディープすぎる。
これからご一緒する皆さんの後について、バスまで移動する。ガイドさんが一人ひとりにカタを掛けて迎えていく。ついでに私にも掛けてくれた。バスに乗り込み出発する。ガイドさんが自己紹介やら説明やらをしているのを聞いていて、2年半前に初めて会った時を思い出した。やー、ガイドさんだねぇ、と思いながら改めてフムフムと聞く。
女神ツアーでは到着早々、ドルマ・ラカンを参拝する。前日にシャーマンに占っていただいた際に、ドルマのお経を唱えなさいと言われた。お経を唱えるのは無理だけど、タイミング良くドルマ・ラカンを参拝することが出来て良かった。アティーシャが晩年を過ごした場所とあって、彫りが深めでシュッとしているインド系のお顔をした仏像が散見される。到着早々のお寺見学である。急な階段の上り下りもあり、クラリと来てしまった方がいたので、外でちょっと休むことにした。順応しまくっている私は一緒に日向ぼっこをしてぬくぬくである。中庭を覗くと、食事の準備だろうか、僧侶が野菜を切っているのが見えた。ガイドさんが少し話したのだろう、一人の僧侶がこちらでお湯でも飲んで休みなさいと、僧侶たちが食事をする部屋へ招いてくださった。何ともない私たちにも、一人ひとりに丁寧に白湯を注いだお椀を渡してくださる。なぜだろう、とても口当たりが柔らかくておいしい。温かい白湯と、優しい僧侶の笑顔に身も心もほっこりした。クラリと来てしまった方は辛かっただろうが、おかげでありがたい体験が出来た。








昼食はシャンパラホテルのレストランで中華料理。円卓を皆で囲む。急に人数が増えてとてもツアーっぽい。中華は大人数で食べるに限る。ラサから合流ということでちょっとドキドキしていたが、落ち着いた良い雰囲気の皆さんである。よかった。食べていると先生がやってきた。高所での注意事項などを説明してくれる。そして久しぶりに見るパルスオキシメーター。エベレストBCへ行った時以来である。先生が順番に計っていく。最後に私の番、と指を出すと「え、計る?」って、先生。

食事を終えて、バルコルを歩きに行く。そういえばまだジョカンの写真を撮っていなかった。やっぱりここは外せない。バルコルは巡礼者でとても混み合っていて、添乗員見習いとして(笑)何となく最後尾を守りながら歩くも、誰がどこにいるのかすぐに見えなくなる。先頭を行くガイドさんを目で追いながら、両脇に立ち並ぶいろいろなお店に捕まりながら歩く。明るい色のコートを着た背の高いガイドさんは見つけやすくて助かるが、今日お会いしたばかりの皆さんはお名前がわからず呼び掛けることが出来ない・・・。バルコルの途中でホテル方面に向かって脇道に逸れた。しばらく歩いていて、一人足りないことに気がついた。ガイドさんを呼び止めて伝えると、「ここで待っていて下さい。」とすぐに探しに行ってくれる。近くにあった小さなお寺の写真を撮ったりしながら待っていると、無事に見つかったようで二人で戻ってきた。脇道に逸れたところを通り過ぎてしまったようだ。先生から配られていた、迷子時用のものすごく簡略化された地図を警察官に見せ、本来ならホテル近くの新聞社を指し示すべき所をジョカンを指差して訴えていたそうだ。ジョカンはここだし、しかも地図には『ジョカン』とカタカナで書いてあるので警官が読めるわけもない(笑)。ガイドさんが見つけてくれて本当に良かった。





揃ったところで、バルコルに程近いアニ・ツァングンを参拝する。細い路地をふいっと入って行った所にあって、門をくぐるとすぐ右手には茶館があり、奥には黄色い建物が並んでいた。あまり広くない敷地に密集している感じだが、明るい雰囲気である。本堂を一通り解説してもらいながら見学して外に出たところで、「ここは中の写真を撮っても良いので、撮りたい方はどうぞ」とガイドさんが言うので、ウキウキ中へ戻る。新しくなったカメラの一番の違いは、暗い場所でもきれいに撮れるというところ。バターランプの灯りが美しいのだ。隣の建物の一室では、マニ車に入れるお経を尼僧がくるくると巻いていた。
ホテルへ戻る途中、バルコル散策中にクラリと来てしまい先生に連れられて休んでいた方と合流する。実は私も、風邪を引いてしまったせいもあるのかラサへの道中、首元を抜けて後頭部からこめかみへ這い上がるような頭痛に見舞われた。他の皆さんは全然平気なのか、凄いなぁ、と思っていたけれど、後から聞いたら何人かの方はやはりずっと頭痛が続いていたそうだ。海抜の高さ、極度の乾燥状態、強い紫外線。やはり過酷な環境なのである。




ホテルに戻り夕食までひと休み。私は疲れていないので、ガイドさんとホテル近くの涼粉屋さんで時間を潰す。人気のあるお店らしく、道端に出された席まで全て埋まっている。車に乗ってわざわざ食べに来るそうだ。特にチベタン女性に人気がある涼粉。ガイドさんもあっという間に平らげている。辛子が増量されたガイドさんの涼粉は美味しかったけれど激辛で、甘茶がなかったので代わりに頼んでいたホットミルクに救われる。
夕食は簡単なものが良いでしょうと、ラーメンを食べに行く。麺の量がとても多いので軽くはないが、スープがあっさりしていて美味しいのだ。昼食からあまり時間が経っておらず、直前にホットミルクなど飲んでしまっていたので殆ど食べられなかったけれど。
他のツアーメンバーの方と、今までの旅の話などをする。やはりチベットに来ちゃうような方々とは、旅先の趣向が似ているようだ。行ったことのある場所、行ってみたい場所がすごい重なる。風の団体ツアーの楽しいところである。


ホテルで解散し、ガイドさんが言う。「今日はどうする?」なんと、今晩も私のわがままに付き合ってくれるつもりらしい。昨日とは違うお店にしよう、とガイドさんの旦那さんがお友達と一緒にいるところへお邪魔する。チベット人が経営している場所らしく、幾つも部屋があってとても広い。ガイドさんの旦那さんとお友達は、なにやら台に向かい合ってゲームをやっている。ビリヤードとおはじきを混ぜたようなゲームで、四隅に穴が空いている専用の台の上で、クロとシロの丸く平たい破片をお互いに指で弾いて穴に落としていく。先に自分の色を全て穴に落とした方が勝ちである。滑り止めだか滑るようにだか、白い粉を手に付け台に撒く。今はゲーム専用の粉があるらしいが、昔はツァンパを使っていたらしい。旦那さんはあまり上手くないようだ(笑)。上手な人がいて、難しい角度からでも穴にポンポン落としていくのは見ていて面白かった。
チベットではお酒は先に何本かまとめて購入し、テーブルに並べて飲んでいく。こちらの人にはバドワイザーが人気な様だ。十本単位で瓶を並べて飲んでいる。旦那さん達もバドワイザーを飲んでいた。私も勧められ、少し飲む。まわりは皆チベット人である。チベット人の店に漢人が来ることはなく、漢人の店にチベット人が行くこともないという。飲む場所は決して混ざらないようだ。


# by mmiya2008 | 2012-01-23 22:40 | | Trackback | Comments(6)
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日々のこと。

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